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アユタヤ-タイ観光スポット


栄華を極めた古都の壮大な歴史が眠る遺跡の街

1351年にウートン王によって建都されてから、1767年にビルマ軍の攻撃で破壊されるまでの417年間、アユタヤ王朝の都としてタイの中心であり続けた都市です。

チャオプラヤー川とその支流に囲まれた地形は水運に恵まれ、17世紀はじめにはヨーロッパと東アジアを結ぶ国際貿易都市として繁栄しました。

その都市計画や中央集権制度、国際貿易振興といった近代国家の基盤は、その後のバンコク王朝にも受け継がれています。

苔むした仏塔のチェディ、大草原に悠然と横たわる涅槃像、素晴らしい建築美を誇る歴代王の離宮、かつて栄華を極めた古都の壮大な歴史が眠る遺跡の街・アユタヤ。現代にその当時の姿をつたえる荘厳な遺跡群は歴史公園として整備され、1991年にユネスコ世界遺産にも登録されました。

基本情報

位置:バンコクから北へ約76キロ

隣接する県:バンコク、スパンブリー、ロッブリー

旅の季節:年間を通じて暖かい気候、世界遺産祭りは12月

行き方

バンコクからロットゥー(9人乗りワゴン車)・鉄道などで行くことができます。


鉄道:バンコクのフアランポーン駅発、北線・東北線が利用でき、合わせて毎日約33本が運航しております。[所要約1時間半]

ロットゥー:北バスターミナル(モーチット)より以下の時間帯で20分毎に運行。

  • バンコク-アユタヤ 05:00~19:00
  • アユタヤ-バンコク 06:00~19:00

おすすめ観光

アユタヤの遺跡群は、東西約6キロ/南北約4キロの川に囲まれたアユタヤ島と呼ばれる中州とその周囲に集中しています。

遺跡めぐりには日本語音声付トラム、貸切のトゥクトゥク、レンタサイクルなどが利用できます。

ランチやディナーとともに、遺跡はもちろん流れゆく川べりの風景を楽しめるリバークルーズもおすすめです。


レンタサイクル:鉄道駅附近や町のゲストハウスで、1日約50バーツで借りることができます。

ボート:チャタラカセーム国立博物館近くの船着場から3〜5人乗りボートをチャーターすることができます。
料金の目安は1時間で約600〜800バーツ。
ロングテールボート、スモールボートがあります。

トゥクトゥク:エンジンつきの小型三輪車でコロンと丸い鼻先が愛嬌たっぷりのトゥクトゥク・ホアゴップ(カエル頭のトゥクトゥク)。
料金の目安は1時間チャーターで約200バーツ~。

名物・特産品

伝統的な民族人形、手づくりナイフ、綿菓子(ローティーサーイマイ)

注意事項

遺跡や寺院を訪ねる際、露出度の高い服装を避けてください。

仏像を触ったり、上って写真撮影したりすることは厳禁です。

主要連絡先

ツーリストポリス

外国人観光旅行者の安全を図るために、ツーリストポリスが特別に設けられており、「Tourist Police」と言う肩章をつけています。

観光地にはツーリストポリス警察署や派出所が設けてあり、英語を話すことができますので、トラブルが発生した場合は連絡をしましょう。

  • ツーリストポリスセンター 1155(局番無し)
  • アユタヤ・ツーリスト・ポリス TEL:035-241-446
  • アユタヤ警察署 TEL:035-241-591~4

タイ国政府観光庁

  • アユタヤ・オフィス
    108/22 Si Sanpet Road,Phra Nakhon Si Ayutthaya 1300
    TEL:035-246-076~7
    FAX:035-246-078

  • 病院
    • プラナコーン・シー・アユタヤ病院 TEL:035-211-888
    • ラチャタニ病院 TEL:035-335-555

アユタヤ王朝の往時を偲ばせる壮大な遺跡群[アユタヤ島中心部]

かつて王室儀礼が執り行われ、歴代3人の王が眠っている王宮寺院のワット・プラ・シーサンペット、 初代王ウートンの菩提寺ワット・プラ・ラーム、長い年月の後、木の根で覆われてしまった仏像の 頭が残るワット・マハタート、凄まじい王位継承争いで亡くなったふたりの兄のために 8代王ボロムラーチャー2世が建立したワット・ラーチャブラナなど、「コ・ムアン」と呼ばれる島状の中心部に広がる 歴史公園には、アユタヤ王朝の繁栄ぶりを偲ばせる多くの遺跡があります。

象に乗って遺跡をまわるツアーもまた格別。一部の遺跡は、日没から21時までライトアップされ、 サムロー(人力車)で街中をまわったり、クルーズで運河からゆったりと幻想的な光景を楽しむことができます。

アユタヤ

アユタヤの歴史を学ぼう[アユタヤ島]

遺跡めぐりは、強い陽射しを避けた朝夕がおすすめ。

暑い昼間に博物館でじっくり歴史と向き合うなら、歴代王の宮殿でその建築群が美しいチャンタラカセーム国立博物館、 アユタヤ時代の美術品や遺跡から出土した宝物を展示するチャオ・サーム・プラヤー国立博物館などがあります。

アユタヤ島の南東にある鮮やかな壁画と彫刻が見事なワット・スワン・ダララームも見どころのひとつです。

チャオ・サン・プラヤー国立博物館の黄金の仏像

アユタヤ王朝以前の遺跡と外国人居留跡[アユタヤ島外縁]

16世紀初め、ポルトガルをはじめ、イギリス、フランスなどの西洋諸国のほか、ベトナムやマレーなど近辺の国々、 そして中国や日本からの外国人商人が交易のためにアユタヤを訪れていました。

日本人商人は倉庫を建て、商品を買い集め本国に運ぶために日本人町をつくりあげ、 最盛期頃には1000~1500人の日本人が生活をしていたと言われています。

現在、大きく迂回するチャオプラヤー川の西側に、日本人町跡が重要史跡として保存され、隣接する資料館には 徳川時代に日本から送られた親書などが展示されています。

一方、アユタヤ島の外緑の北東方面には、アユタヤ王朝以前の建立とされるワット・マヘーヨン、 ワット・クディ・ダーオといった遺跡が。

こちらは外観が比較的しっかり残存し、また観光客の姿も多くないため、往時の美しさを想像しながらゆっくりと散策することができます。

早朝の遺跡めぐり

もうひとつの宮殿、西洋と東洋の文化が交錯する仏教寺院
[バン・パイン]

アユタヤの中心地からチャオプラヤー川を南へ約17キロメートル、バン・パイン宮殿は アユタヤ王朝24代王プラサート・トーンが建てた宮殿で、後にバンコク王朝のラーマ4世・5世が夏を 過ごす離宮として修復したものです。

川を挟んだ反対側にあるワット・ニウェート・タンマプラワットは、本堂の尖塔や装飾、ステンドグラスなどが キリスト教会を思わせるようなゴシック様式でつくられています。

さらに南へ18キロメートルほど行くと、タイの各地方の伝統家屋や民芸品・生活用品などが展示された バンサイ民芸文化村があります。

バンパイン宮殿

1369年~70年の2代ラーメスアン王が建てたという説と、1370~88年の3代ボロムラーチャー1世が建てたという説がある 13世紀の重要な寺院の一つです。

かつては塔の頂上が黄金に輝いていたこの寺院もビルマ軍の侵略により廃墟と化し、今は木の根の間に埋め込まれた仏像の頭や、 頭部がない仏像、崩れ落ちたレンガの壁や礼拝堂の土台が残るのみとなっています。

1956年の修復の際、塔の跡から数々の黄金仏や宝飾品などが発見され、これらは現在チャオ・サン・プラヤー国立博物館に展示されています。

木の根に埋め込まれた仏像の頭

アユタヤ王宮内にあった最も重要な寺院で、バンコク王朝におけるエメラルド寺院のような存在。

トライローカナート王時代の1448年に建立され、以降はここで宮中儀式が執り行われてきました。

寺院のシンボルは、東西に並ぶ3基の仏塔で、それぞれにトライローカナート王(1448~1488年)とその王子らの遺骨が納められていたと言われています。

仏塔の東側に本堂が後に建立され、高さ16メートル重さ171キロの、純金に覆われた立仏像が置かれていました。

この仏像が寺院名にもなった「プラ・シーサンペット」といいます。

1767年のビルマ軍による第2次アユタヤ侵攻で寺院そして仏像は悉く破壊されましたが、戦後になって修復され、現在の姿となりました。

プラシーサンペット

16世紀初め、御朱印船貿易に携わった日本人たちが築き、最盛期には2000~3000人以上もの日本人が住んでいました。

日本人の多くは、アユタヤの傭兵としてビルマ軍との戦いにも参戦。

日本人町の町長、山田長政は22代ソンタム王から官位を与えられるほど大活躍しましたが、1630年に憤死。

日本の鎖国で18世紀初めにはこの街も消滅、敷地内には石碑や2007年に日タイ修交120周年記念館が設立され、友好の歴史を知ることができます。

アユタヤ日本人町の跡

※資料・画像:提供 タイ国政府観光庁